ホーゼンウルズ辺境伯としてのエデルカイト家の歴史は、今から70年ほど前、王国の騎士隊長であったカルゾス様が、キニール戦争における多大な戦果の褒美として、国王陛下から東の辺境を与えられたことから始まります。当時の東方といえば王国の威光も届かぬ蛮土でありましたから、領地を得たとはいえエデルカイト家に対する他の貴族からの評価は、泥臭い田舎貴族の一人に過ぎぬ、というものでした。
二代当主のフィドト様は、王国の侵攻に激しく抵抗していた蛮族の族長の娘を娶りました。少しでも教養を持つ王国民であれば誰もが、淑女はもとより婦人とも思わぬ人種を相手に、しかもその婚姻は陣中で行われたということですから、人々はエデルカイト家は蛮族と何ら変わるところのない野蛮な一族である、と見なしました。
当のエデルカイト家の人々は、それらの評判を重々理解していましたが、恥じるどころか、むしろ面白がってわざとそう振る舞う節さえありました。血と戦と享楽、そして人々の不快を煽ること、それがまさにエデルカイト家の血筋が好むことでありました。
しかしその間にもエデルカイト家の歴代当主は戦果を上げ続け、捨て置かれるを良いことに、誰にも干渉されることなく内政を整え、開拓民たちを集めて大小様々の集落を築かせ、人々が気づいたときにはホーゼンウルズ領に加え周辺六つの地域を治める一大勢力となっておりました。
そして三代当主オブリード様に国王様の末の姫君デルメイア様が嫁ぐ頃には、誰もがホーゼンウルズ辺境伯を王国内でもっとも有力な諸侯の一つと認めておりました。とはいえ、エデルカイト家に対する、数々の戦績と非道な振る舞いに裏付けされた血生臭いイメージは消えるどころかより強くなっていたものですから、オブリード候が一人娘を連れて宮中にはせ参じるとの噂を聞いたとき、誰もが興味を引かれました。
尊き国王を祖父に、蛮族を祖母に持ち、東方の辺境で育った姫君とはいかなものかと、謁見の間に参列したお歴々はある種の期待に満ちた目で辺境伯とその令嬢の登場を待っていました。
やがて陛下の御前まで続く絨毯の端に、威風堂々たる体躯を持つ壮年の男と、彼に付き従う形で黒い戦装束に身を包んだ人物が現れました。その2人こそが、オブリード候とその娘に違いありません。
お歴々は呆気にとられたすぐ後、一斉に眉を潜めて扇の陰で囁きを交わしました。
いわく、あれではとても娘には見えぬ、あの短い髪を見よ、恐ろしいこと、格好はまるで男のよう、腰には剣まで下げておる、いやあれはなまくらであろう、などと。
と同時に、辺境伯令嬢の、黒檀のような髪と日に焼けた肌、引き締まった四肢から放たれる生気は人々の目を捕らえて放しませんでした。男女関係なく化粧を施し、繊細でたおやかな美を競った時代でしたから、その力に満ちた姿は非常に魅力的だったのでしょう。
羨望と軽蔑の視線を受けながら、静かな波のようなざわめきの間を、奇異な親子は悠然と歩みました。
「気づいておるか、皆お前を見ている。お前のような娘が珍しいのだ。本当に女であるのか、あるいはその剣が本物か疑っておる」
「父上のお望みとあらば、今すぐにでも方々に証拠をご覧に入れましょう。確かにこれは切れぬ剣ではありますが、何も人は刺し傷だけで血を流すわけではありません」
「頼もしいことだ。だがそう早るな。いずれ誰であろうと知ることだ。お前が何者であるかはな」