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 闇の中、燭台に照らされた肌が浮き上がり、その白さは白磁の人形を思わせた。
 今日も侍女頭はかいがいしく主人の世話を焼いている。今は寝間着を着せている真っ最中だ。見慣れない形のそれは異国の品だという。侍女頭の腕はよく滑る生地を手際よく扱い、主人の日に焼けた肌を覆っていく。
 ふいと、それまで為されるがままだった主人が手を挙げ、何をするのかと思う間にずいぶんと鮮やかな手つきで侍女頭の髪飾りを外した。無造作に放り投げられた留め具が床に落ちる音を聞いて、侍女頭は視線をそちらにやった。几帳面に結い上げられた髪はそれだけでは大きく崩れることはなかったが、次に主人の手が無造作に彼女の髪をすくと、こらえきれずにはらりと髪の束がこぼれ落ちた。
 それでもなお侍女頭は自分の仕事を完遂しようと手を動かしたが、ついにその手を絡め取られ、巻き取られた髪で動きを止められて、初めて口を開いた。
「お止めください」
「遅い」
「申し訳ございません」
 即座に咎めが入り、そして即座に言葉を返す。
「主を無視するとはいい身分だ」
 侍女頭の髪を指先で弄びながら、主人は試すように言った。好きで主に背くような侍女頭ではないということは彼女もよく知っている。しかし、侍女頭は答えを返さず、別のことを言った。
「明日は早うございます。今日はどうかもうお休みください」
「はぐらかすな。お前は私の何だ? 私の言葉を無視できるほど大層な身分か?」
 畳みかけられて、それでも侍女頭はよどみなく答える。
「私はあなた様にお仕えする身です。そして、貴女のお身体を預かるのが私の責務。ここ最近お忙しくしていらっしゃるところに、明日の遠征でございます。これ以上無理をされてはお身体に触ります。お休みください」
「ああ、つまらん答えだ」
 あくまで生真面目に答えた侍女頭に、主人は呆れたような声を出した。手の平から侍女頭の金髪を振り落とす。
「ならば疲れた主の心を慰めるために、気の利いた受け答えの一つや二つして欲しいものだな」
「申し訳ございません」
「お前にそれを期待するだけ無駄か」
 相も変わらず飾り気のない言葉に、主人は失笑と嘲笑の混じったような顔をした。
 そこで会話は終わり、侍女頭は乱れた髪のまま仕事に戻った。主人もそれを阻むことなく、先ほどと同じように為されるがままに服を着、そしてそれを終えた。
 するとまた突然に、主人の腕が動き、しかし今度は強引に侍女頭の髪を掴むと、無理矢理寝台の上に引き倒した。
「っ――」
 思わぬ衝撃と苦痛に侍女頭は顔をしかめる。それを主人が構うはずもなく、さらに上から頭を押さえつけるとそのまま馬乗りになった。
「お嬢様。おやめください」
 抗議の声は前と変わらず冷静だったが、主人は楽しそうに侍女頭の顔をのぞき込む。
「それでいい。つまらん反応だがな」
 触れそうなほど顔を近づけて、主人は言いつのった。
「だが私を無視できるなどと考えるな。私の一挙手一投足に注意を払え。私から目をそらすな。私が呼べば即座に答えろ。
 お前は私のものだ」
 主人が口を開けて笑うと常人より長い犬歯が覗いて、見る者はまるで獣に相対するような気になる。そして、そのまま食らいついて鼻や頬肉を食いちぎったとしても何の不思議もない。主はそういう人間だった。瞳が赤く輝いていっそう獣じみている。
「かしこまりました」
 侍女頭は他に答えようもなかった。
 主人がその気になれば、女の一人に苦痛の悲鳴をあげさせることに何の躊躇いもないからではない。
 本心だからだ。
 それを知っていて、主人は機嫌良く声を立てて笑った。











<おまけ>
ずっと居ました

自分は人に言えない程すごいことをいくらでもされているくせに他人の情事にはとんと免疫のない侍女見習い。