ダッブがペドロにチュッチュする話です。文字通り。
6,000文字程度です。
一応、性描写有りですので、ご注意。今さらですが。
『キスにまつわるあれこれ 〜あるカップルの場合』
ダッブは、キスが好きだ。
たぶん、とペドロは思う。
そもそもコレが嫌いな人間なんて、そうはいないだろう。減るものじゃないし。ただ、ダッブは好き嫌いがさっぱり読めないタイプだった。本が好き、文字を読むのが好き、これは知り合ってすぐに分かった。いつでも、暇さえあればどんな本でもどんな文でも目を通したがるからだ。でも甘い物が好きだということに、かなり長い間ペドロは気付かなかった。自分から食べたいと言い出すことがないし、すすめても状況によっては断られる。これで実はクッキーだのチョコレートだのが好きだなんて、誰が分かるだろうか。
それに比べれば、キスはおおっぴらに好きな部類に入る。嫌がる素振りもなく、いつでもさせてくれるし、お願いすれば向こうからしてくれる。何も言わなくても、顔を近付けて目をつむれば、たいてい頬でもどこでもキスしてくれる。他のことをやる前のように、むっつりと黙って、しようかよそうか考えることもない。
何より、
「キスしたい」
たまにこんなことを言ってくる。
いつものように、夜、ペドロの部屋で二人並んでテレビを見ているときに。座椅子から動けないダッブは、今のように真隣にいたとしても、ペドロの方が身を屈めてやらないといけない。だから、トイレに行きたいとか、帰りたいとか、喉が乾いたとか、そういうノリで言ってくる。
しかしペドロはギョッとして、聞き返した。
「ど、どんな?」
ダッブは小首を傾けて、そんなペドロをじっと見上げる。キスにどんなもそんなもあるだろうか、と考えているように見える。あるじゃないか、とペドロは頭の中で反論した。それとも、ダッブにとってキスは“アレ”だけで、普段やっているようなのは、ものの数に入らないのかもしれない。ありうる話だ。
付き合い出して、ダッブの方からキスしてくれるようになったのはしばらく経ってからだ。それも何気なく近付いたとき、顔とか首筋に、触れるだけの。こんな風に面と向かってキスをねだるようになったのは、つい最近だった。まだ数えるほどしかない。最初こそペドロは感激して飛びついたが、何度か経験した今は、つい身構えてしまう。
ダメと言っても、機嫌をそこねることはないだろう。ダッブに限って。ガッカリすることもなく、静かに「そう」と頷いて視線を元に戻す。そんな光景が目に浮かぶ。しかしそれが最後のチャンスだったのだと、後で思い知りそうな相手だ。ダッブの思いが読めなくて、いつもペドロは次が不安になる。
嫌なわけじゃない。いつも自分が押してばかりだから、ダッブの方から言われるのは純粋に嬉しい。ただ、色んな意味でドキドキした。部屋の中だし。いつかみたいに人前じゃない。減るもんじゃないし。でも‘アレ’はなあ…、と様々な思いがよぎって、ペドロは返事をためらった。しかし結局、ダッブの気が変わるのが怖くて、自分からダッブに向かって顔を突き出した。
そんなペドロの思いを知っているのか、知らないのか、黙ったままダッブは首を伸ばし、ゆっくりと彼の唇に触れた。それから時間をかけて、何度も、角度や位置を変える。押し当てる以外に、唇の周りの凹凸や、間の溝をなぞったりする。柔らかく、少し乾いた感触を確かめるように、楽しむように。口元のピアスを触るのも忘れない。
ダッブにとって唇は、手や指と同じような働きをする。物を触りたいときは、唇にあてる。物の質感とか、熱さ冷たさを知るための、一番敏感な部分だ。
だからダッブがその唇で自分に触れるときは、単なるキス以上の意味を持つんだろうと勝手に考えて、ペドロは嬉しくなる。そして決まって、勝手に切なくなる。それは、出来ることならダッブに抱き締めてほしいと思う自分のためだったり、誰かを抱きしめたりできないダッブのためだったりする。どちらも自分勝手な思いだから、口には出さない。ダッブは全然自分の不自由に対して、そんなことは感じてないかも知れない。抱きしめられたい分だけ、自分から抱きしめればいいとも決めたのに。
何でもないときのキスならここまで考えはしない。改まって時間をかけられると余計なことが頭に浮かんで、胸の辺りが苦しくなる。やんわりと触れるダッブの唇の感触と温度に、ちょっと泣きそうになって、バカだなあと思う。
その内に、ダッブはペドロの下唇に自分の唇を合わせて、軽く吸った。ちゅ、と音がして、ペドロはびくりと体を震わせる。続けて、ちゅ、ちゅ、と短くダッブは音を立てる。小鳥につつかれているようなむずがゆさと、耳から来る刺激に鼓動が早くなり、切なさは形を変えていく。キスは好きだが、音を立てられるのは苦手だった。単純に、恥ずかしい。まだ自分からする分にはまだいいが、されるのは妙に弱かった。
さっきより緊張して、引き結ばれたペドロの唇に、今度はダッブは舌で触れた。一度全体をなめ、それから舌先で隙間をなぞる。子供なだめすかすような触り方に、ペドロは少し反感を覚えたりもする。それでも、魅力的なその動きに、‘仕方なく’よりはやや前向きに、‘覚悟を決めて’ペドロは唇をゆるめた。
唇の表面を辿るように、ダッブの舌がペドロの中に入り込む。自分と比べて薄くて、いくらか小さいように思えるそれが唇の裏をさらう。これから起こることを思って、ペドロの体がじわりと熱くなった。
ダッブのキスは、何というか、とにかく、すごい。
コレを知るまで、ペドロにとってのキスは、お互いの舌をなめたり吸ったり噛んだりする程度のものだった。テクニックなんてものはなくて、荒々しく情熱的で、激しい。そんなものだと思っていたし、それで満足していた。本当に。
しかしダッブのキスは全く違った。だいたいペドロの好きにさせてくれるが、物足りないのか、時々ものすごい反撃に遭う。
人に話せば、大げさだ、まさかそこまで、と笑われるが、ダッブの舌は、信じられないくらい器用に動く。大人と子供が指相撲をするのに似ていて、手加減してくれている内はいいが、相手がちょっと本気を出せば、簡単に押さえ込まれる。
今も、ダッブの動きを少しくらい止められないだろうかとそわせた舌は、簡単に絡め取られた。そのままじっくりと前から奥まで、表も裏もなで回される。せわしなさはなく、むしろ焦らすようなスピードで、ただとても深い。
ダッブの舌は、ペドロの口の中を一つずつ確認しながら動いた。口蓋の隆起を辿り、歯列をなぞる。普段自分しか触れない所を他人に侵食される、違和感と快感が、ペドロの脳を徐々に痺れさせた。さっきのようなセンチメンタルなことを考える余裕はなく、下半身の一点が熱くなっていく。
ペドロが自分から舌をすりあわせると、ダッブは流れを中断し、それを優しく愛撫した。そして自分の中にも引き入れる。ペドロは身を乗り出して、お互いの唇を刺激しながら舌を絡ませることに没頭した。
その内に、唇の隙間からお互いの唾液が立てる音が漏れて、ペドロはビクリとした。さっきよりも大きくて、耳に残る。思わず舌を引くと、ダッブはそれを唇ではさんで、強く吸った。拍子に、また大きな水音がする。かあっと体が熱くなった。
絶対に、ワザとだ。ダッブはペドロが恥ずかしがると知っていて、唾液にまみれた舌を派手に動かしてみせるのだ。それが分かっているのに、ペドロの意思とは無関係に、体が反応した。ぴちゃ、とか、くちゃ、とか湿った音がするたびに、ビクリと股間が震える。しまいにはジーンズの下で痛いくらいに張りつめて、ペドロは床についた両手を握りしめた。
息が上がって、何も考えられない中で、そこだけ別の生き物のように脈打っている。そこにも同じものが欲しいと思うが、ダッブのキスはまだ続いていて、次に移る気配はない。気持ちがよすぎて苦しい。それでいて、もうやめて欲しいと思うのに、もっと深く、奥まで欲しがってしまう。
「んぁっ」
ダッブの姿勢がずれ、一瞬唇が離れると、ペドロは必死で後を追いかけた。もどかしく唇を合わせて、吸う。すぐにダッブの舌がさし込まれ、ペドロはそれを受け入れた。喉を鳴らして、自分とダッブのものが混じり合った唾液を呑み込む。口から脳に直接響く快感に全身がとろけるようで、途中から何をされているのか、何をしているのかも分からなくなる。ただ繋がった安心感に身を委ねる。
力が抜けてほどけきると、しかし狙ったように舌先に歯を立てられた。
「!!」
不意打ちに、まるで直接そうされたみたいに、ビクビクと股間が震える。必死に下半身に力を込めて、イキそうなのをペドロは我慢した。キスだけでイッたなんて情けないし、こんな状況で1人でイクのは嫌だった。
ひりひりするペドロの舌先を、いたわるようにダッブの舌がなめた。いくらか正気を取り戻して、悔しいと思う。自分はこんなにおかしくなっているのに、相手は普段とちっとも変わらず冷静なんだと思い知った。
音にしたって痛みにしたって、ダッブはこっちの反応を計算している。手の平で転がされるように、自分はどんどん追い込まれているのに、彼は理性的なままで、ひどく突き放されたように感じる。それを知った上で、それでも気持ちよくて、求めてしまう。
やっぱり好きなのは、自分の方だけなんだろうか。
熱にのぼせた頭でペドロが考えたとき、不意にダッブの唇が離れた。
「あっ、ダッ――」
ペドロが夢中で追おうにも、それより早く、ダッブの顔が視界を下っていく。身を乗り出したペドロに押される形で、ダッブが座椅子の背もたれからずるずると滑り落ちたのだ。
それに気づくと、ペドロはその場に腰を落とした。大きく息を吸って、吐く。呼吸が乱れて頭がくらくらした。無意識に股間を両手で押さえ、すぐに慌てて離す。当然そこはまだ張りつめたままで、軽くいじるだけで、簡単にイッてしまいそうだ。
ダッブを見ると、ずり落ちたまま床に転がって、なんてことのない顔をしていた。アゴまでお互いの唾液がつたって、ベトベトになっているのがむしろ、不自然に見えるくらいだ。軽く閉じられた唇の隙間から、チラリと舌先が覗く。
そしてペドロの見つめる前で、ぬめる唇を、赤くなった舌がなめた。
ダッブにしてみればただのクセだ。手でぬぐえないから舌でそうするしかない。でもそんなちょっと下品な仕草が、最高にやらしい。
一気に、ペドロの全身が熱くなった。
「ダッブ……!」
すがるように呼んで、覆い被さっても、ダッブは動じなかった。どうしてこんなに冷めた視線の前で、自分1人みっともない姿を見せなきゃいけないんだろうと、泣きそうな気分になる。しかし止められず、ペドロはジーンズに手をかけた。焦りと興奮でもたつきながら金具を外して、下から性器を露出させる。同時にダッブの肩を挟むように膝を突き、体重がかからないようにしながら、出来る限り腰を落とす。そして真っ赤に充血したそれを、ダッブの目の前に突きつけた。
「こっちにも……っ、おんなじコト、してよ……」
肉体的には圧倒的に優位な立場にいるはずなのに、泣くような声でペドロは哀願した。すでに先走りで濡れた先端は、ダッブの鼻先すれすれで期待に薄く震えている。
ダッブは黙って、至近距離のそれをしげしげと眺めた。じれったさにペドロの理性の糸が切れそうになった瞬間、ダッブは首を伸ばしてそれに触れた。
「ひゃぁっ―――」
待ちに待った快感がゾクゾクと背筋を抜ける。ペドロは喉を反らし、声をあげた。ダッブの唇がペドロの敏感な部分をなでる。
「んっ。はっ、あっ……!」
すぐに下肢に力が入らなくなって、ペドロはダッブの頭の上に両手をついた。四つんばいの不自由な体勢が、興奮を加速させる。先走りがトロトロとあふれた。
その間もペドロの性器とダッブの唇は直接ふれあったままで、ダッブは頭の角度を変えて、丹念に唇だけで裏の筋や鬼頭の溝をなぞる。じれったさにペドロは声をあげた。
「ダッブっ、ヤダ……!」
本当に、ダッブは同じ手順を踏むつもりなのかもしれない。今にも弾けそうにたぎった性器を、ペドロはダッブの唇にこすりつけた。
「ヤダよ、オレ、イッちゃう――。早くっもっとやって……っ」
足りないわけじゃない。むしろ今すぐにでもイッてしまいそうで、怖かった。まだほんの少し触られただけなのに。
キスの最中さんざん焦らされた後で、もういつイッてもおかしくないんだと自覚する。疲れて、こらえる気力もほとんどない。ただ早くイキたいと、それだけ考えて呼吸も忘れた。
ダッブは唇を合わせて、ペドロの丸い表面に押し当てる。
ちゅ、と音がした。
「――――っ!」
ヤダ、と叫ぶ頭を無視して、きゅうっと根本に力が入る。衝動が脳天まで駆け昇る。
「あっ、あ!」
ひときわ大きな声が上げて、ペドロは腰を前に突き出した。そこで性器が大きく跳ねる。先端から熱がほとばしる。
「あー! あーー!!」
大量の白濁が、ダッブの頭を越えて、黒いカーペットの上に飛び散った。
結局その夜、ペドロは3回イッた。全部ダッブに口でしてもらって、2回目、3回目はダッブも色々してくれた。なめたり、吸ったり、口に入れてしゃぶったり。萎えた状態を、下から上までなめ回して勃たせた後、口の中で最後までイかせてくれたし、出したものも全部飲んでくれた。間でキスもたくさんして、ペドロがダッブのテクニックを真似てみると、少し面白そうに受けていた。
ただペドロがダッブのを触るのは、気分じゃないと断られた。よくあることだが、その夜は余計に悲しくなった。
フェアじゃないな、とベッドの中で、すぐ隣のダッブの横顔を見ながら思う。
自分一人で気持ちよくなるのは罪悪感があったし、コンプレックスを指摘されるようで嫌な気分にもなるし、何より一人で取り残されている気分がずっと残った。自分はダッブが好きで、欲情して、セックスがしたいと思うのに、ダッブは違うんだなと、気だるさも手伝ってすっかりいじけて、ペドロは責めるような声を出した。
「結局さ、好きなのってオレだけなんだよね」
相手のことや、セックスを。
それでいいと納得できる時もある。自分の方から好きになったんだから、押すのも誘うのも自分からで構わないと。でも時々、やりきれない。
ダッブは眠たげな目を一度またたかせて、顔をペドロに向けた。
「…………」
黙って数秒間、考える。何か言いたげに口を開いて、結局また閉じる。
言ってよ、とペドロが問いつめようとすると、ダッブは目を閉じて、唇をすぼめた。
ちゅ、と小さな音がする。
いい加減、バカの一つ覚えみたいに――そう思いながら、ペドロの顔が熱くなった。あわわ、と言葉をなくす。どうしてこんなに涼しい顔をして、こんなに恥ずかしいことが出来るんだろう。いやそれよりも、一体どういう意味だろう、まさかこれで誤魔化すつもりじゃ、と混乱するペドロに、ダッブは今度こそ口を開いた。
「僕に腕か脚の一本でもあれば、もう少し他のことができただろうね」
あ、とペドロは自分の言葉を後悔した。そんなつもりじゃない、と言おうとしたが、ダッブは気にした風もなく、ただ静かにペドロを見つめて
「君にキスがしたいよ」
と、言った。
「多分、他の人と目的は違うだろうけど」
わずかに目を伏せる。
「僕にはそうとしか言えない」
言葉が水のように染みた。
広がっていく場所から順に、思いが生まれる。
真っ先に、キスをしたいと思ったときに、‘そうと言う’ことしか出来ないダッブが、どうしようもなく切なくなった。彼は、相手に近づいて、首の後ろに手を回すことさえできないのだ。どんな気持ちで、そう言い出すんだろう。足りない距離を埋める手段がなくて、空をかくような虚しさを毎日感じているんだろうか。
それでも、自分に触れようとしてくれるのが嬉しかった。やっぱりダッブにとってキスは特別な意味があるんだ、と思った。自分がダッブにする以上の。それは相手にさわって、あたたかさを感じて、抱きしめたりする代わりのような。
だからダッブにとってキスは大切で、セックスとはイコールで繋がらないんだろうか、とも思った。そもそもダッブは、あまり自分を性欲の対象として見ていない。ダッブははっきりとは言わないが、なんとなくペドロにも分かっていた。男相手だからかと考えると、本気でやるせなくなる。
拒絶のような、肯定のようなダッブの言葉に、ペドロは複雑な心持ちで答えた。
「オレも、ダッブにキスしてほしいよ。今じゃなくても。――いつでも」
そんなダッブを受け入れるつもりで、あと、もっとダッブからも求めてほしいという寂しさも含めて。
うん、とダッブは短く答えて、それからあくびをする。まだ12時を過ぎたばかりだが、ダッブにしてみれば遅い時間だから、眠そうだ。再び上を向いて寝入りそうなダッブの体を、ペドロはなんとなく抱いて、自分の体を彼のほうに寄せた。ダッブは首を回して、軽くペドロの首筋にさわる。そのままダッブの体の力が抜けた。
このキスは、どういう意味かなあ、と考える。
それでもダッブと触れ合った部分からゆっくりと熱が伝わって、胸にじわじわと嬉しさがこみ上げる。特別なんだ、特別なんだ、と勝手に色々な意味を乗せて、一人で喜んでみる。
自分もダッブの額に唇で触れると、ペドロは目を閉じた。
明日もダッブからキスしてもらえるといいなと、願いながら。