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 廊下と部屋を隔てる扉を開けてすぐ、室内の眩しさに女は顔をしかめた。窓のカーテンは全て開け放されている。降り注ぐ日差しは、廊下の薄暗さに目慣れた女には強すぎた。彼女はまだ、この国の澄んだ青空にも馴染んでいない。数回の瞬きの後に目をこらしてようやく、部屋の中央に、一人の幼い少女の後ろ姿を確認できた。一瞥できる程度の広さの部屋に、立っているのはその少女だけだ。
「お初にお目にかかります、お嬢様」
 その小さな背中に歩み寄って、女は言った。相手が子供だという思慮もなく、大人でも怖じ気づくような長身で少女を見下ろす。ひざまずく気配のない女に、しかし少女が臆する様子もまたなかった。背を向けたまま大きく首を反らせ、見開いた目で女を凝視する。
「お前が」
 と、尊大に口を開く。
「父上の言っていた、北から来た術士か」
 頷いて女は名乗ろうとしたが、それを遮って少女は続けた。
「北の術士は、死んだ人間を生き返らせることができると聞いた。本当か?」

 南に逃れて以来、同じ問いをすでに何度も聞いていた。女の故郷について見聞した者の言葉が誤って広まったのか、それとも女と同じように流れてきた術士が自身をそうふれこんだのか、あるいは死を恐れる人々が持つ共通の幻想か。何を思い詰めたのか、噂を聞きつけて、愛しい者の亡骸を持ってきた者もいる。
 彼らにしたのと同じように女は頭を振った。
「いいえ。そのようなことは不可能です」
「なんだ」
 失望を隠そうもせずに、少女は再び視線を足下に戻した。
 同時に右手につかんでいた首を投げ捨てる。撒き散らされた血が、室内にひときわ鮮やかに匂い立った。左手には血まみれの短剣が握られている。そして足元には最早息絶えた身体が横たわっていた。体格から、少女よりは年嵩のようだが、成人ではないと知れる。どちらにせよ、幼い少女がその胴体と頭を切り離すことなど不可能に思えた。刃で肉を斬り筋を断り、首尾良く節を狙ったとして、固く太い骨を切断することが出来るはずもない。おまけに断面の様子から見て、半分はまだ刃物で説明がつくとしても、もう半分は組織がいびつに伸びきり、まるで引きちぎったようだ。飛び散った血の有様からすると、生きたまま首を切断されたのだろう。拘束器具も見あたらない部屋の惨状は、女の想像力を超えていた。
 一閃、少女は刀身の血を振るうと、慣れた手つきで剣を腰のさやに収めた。つまらなそうに、もう動くはずもない死体を足先でつつく。このためにそれを準備したのに、と言いたげだった。
「じゃあお前はいったい何のためにここに来たんだ?」
 拒絶に似た、素っ気ない、しかし根幹をつく疑問に、女は用意しておいた文言を口にした。
「貴方様を、あらゆる苦難からお救いするためです」
「ふうん」
 その言葉で初めて、少女は女そのものに興味を持ったようで、くるりと振り返り、女に向き合った。改めて、女の姿を足下から頭の上まで眺める。その身体を包む異国風の装束は少女の眼には新鮮に映った。血の気のない女の顔は、凍てつく北の大地を思わせる。
「楽しみだ」
 口を開けて、少女は笑った。猛獣のような牙がむき出しになる。
「この城で言うあらゆる苦難とは、父上と私のことなのだから」

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