〜序幕〜
 ある年の春のことです。ベルスートでは盛大な祭が開かれました。
 ジョルムント国王陛下の末娘であるエルメイア様が、オブリード辺境伯に降嫁なさったのです。偉大な王家のお血筋を迎えるのは、臣下にとってまたとない名誉でありました。
 西方の王都より、長い御幸の後、エルメイア様はベルスートに入られました。外門から城に向かって、瀟洒に飾られた王家の馬車や、威風堂々とした騎馬隊、長く裾引く礼服に身を包んだ従者達が進む様は、大層見事でした。花嫁行列を一目見ようと、目抜き通りは大変な騒ぎになりました。

 数日後にはさらに盛大に、ご成婚式が行われました。式にはホーゼンウルズ辺境伯領内はもとより、他領からもたくさんの諸侯方が招かれました。王家からはエルメイア様の兄君である王太子殿下が、そしてエデルカイト家と親交のある他国の大使らもベルスートを訪れ、祝賀の席は数日にわたりました。
 祭の間中、街には音楽が鳴り響き、あちらこちらで歌う人、踊る人が輪を作っていました。祝福されたワインがふるまわれ、貴賤を問わず、皆して辺境伯領の新たな時代の幕開けに酔いしれたのです。



第一幕へ

 エルメイア王女のホーゼンウルズ辺境伯への降嫁は、他の王侯貴族の婚姻政策同様、政治的な意図に基づいて行われた。一つに外的圧力、一つに内的圧力への対処が目的であった。
 外的圧力とはすなわち、東の国境沿いに土着していた諸部族との、絶え間ない抗争に他ならない。辺境伯領は成立以来常に、長きにわたる抗争の最前線であった。東方との通商路を確保するために、この地域の安定は不可欠であり、歴代の王は制圧に重点を置いてきた。
 現王がかつて、東部の新規獲得地を辺境伯領と定め、そこに全くの無名でありながら東部戦線で多大な戦果を挙げたエデルカイト家を配したのも、諸部族に対抗するためであった。辺境伯領は常に諸部族への先陣であり、また彼らから王国を守るための外壁でもあったため、王は厚くこれを信任した。
 内的圧力とは、王国内の諸侯らによる、現王朝に対する根強い反発であった。
 当時の王は、先王を謀略により廃した簒奪者であった。そのため、より古い歴史をもつ貴族達の一部は当初から、新しい王の権威を認めようとしなかった。また、王権の足場を固めるための、エデルカイト家のような新興貴族を重用する政策は、旧勢力の反感を増長させた。
 二十代で即位してのちの数十年間、王は非常に強権的な体制を維持したが、この頃には老齢にさしかかっていた。旧勢力と新興勢力との対立は続いており、王は自身の死後、旧勢力が再び台頭することを怖れた。健在の内にエデルカイト家との結束を固め、王都およびその周辺の直轄領と、最東部のホーゼンウルズとで、国内の旧勢力を挟み込む形を作り上げようとしたのである。