〜第二幕〜
『懐胎』
 エルメイア様がベルスートに嫁がれて程なくのことです。お二人の愛が実を結び、エルメイア様は身ごもられました。
 オブリード様はたいそうエルメイア様を大切にしておられましたから、側の者たちは内心、お世継ぎの誕生はまだ先のことになるだろうと考えていました。そこに思いもよらぬ知らせを受けたので、皆跳び上がるほどに驚き、そして互いの手を組んで喜び合いました。
 さっそく公示人が街中に走り出でて、大広場でエルメイア様のご懐妊を告げました。皆喜びの声を上げて、さっそくお祝いの品を献上しようと城に押しかけました。衛兵は大慌てで城門を閉じ、彼らを押しとどめたそうです。人々はぶうぶう文句を言っていましたが、しばらくして侍医の助手が出てきて、エルメイア様の御身の安静を訴えると、人々は帰っていきました。残された祝いの品の山を帳簿係が整理して、『時計職人同業者組合、銀の細工時計、1品』などと書き付けました。
 オブリード様のご親族や高官、ホーゼンウルズ辺境伯領に名を連ねる者、使用人の中でも地位が高い者などは、エルメイア様に直接お目通りすることができました。皆が次々に訪れ、口々に祝いの言葉をかけるのを、エルメイア様は首をかしげて聞いておられました。
 まだ胎は膨らんでおらず、侍医が言うには、どうやら夏の間にお風邪を召したとして数週間伏せっていらっしゃったのが悪阻の代わりだったそうで、まだご自身でも懐胎の自覚がないようでした。
 乳母はエルメイア様のお腹に手を当てて、根気強く教えました。
「エルメイア様はお母様になるのですよ」
 と、何度も言い聞かせられて、エルメイア様もようやく納得がいったようです。
「エルメイアは、おかあさまになるのよ」
 幸せそうに、笑って言いました。

「ねえだんな様。エルメイアは、おかあさまになるのよ」
 優しくお腹をなでながら、エルメイア様はオブリード様にもそう言いました。そうするとオブリード様もますますエルメイア様のことが愛しくなって、抱き上げてキスをするのでした。きゃあきゃあと声をあげて笑いながら、エルメイア様は何度も、おかあさまになるのよ、と繰り返し、そのたびにオブリード様はますますエルメイア様のことが健気に思えて、何度もキスをしました。

 エルメイア様の御身を心配して、オブリード様は矢継ぎ早に産婆や祈祷師の手配を整えてしまいました。胎に効くという薬やお産を軽くする食べ物は、何でも取り寄せました。同じ頃に妊娠した女を数人集めて、生まれてくるお子様の乳母役も早々に見当をつけたと言いますから、ご寵愛ぶりがうかがえました。
 毎日のように行われる侍医の診察や、増えていく身の回りの品をエルメイア様は不思議に思われたようですが、次第に慣れ、やがて、乳母が歌うとおりに子守歌を口ずさむようにもなりました。



第三幕へ


 ホーゼンウルズ辺境伯領は、ジョルムント王が、当時のエデルカイト家当主であったカルゾスに、戦果と忠誠の見返りとして与えたものであり、信任の証であった。当時カルゾスはすでに壮年であったが、まだ若年のジョルムント王を支援し、武力でもって旧勢力を圧倒して王権を擁立した。
 数十年の後、ジョルムント王がエデルカイト家に娘を嫁がせたのは、この時代に、両家の歴史的盟約関係の再更新が必然となったためである。
 というのも、ジョルムント王一代の間に、エデルカイト家は三人の代を重ねたのである。カルゾスから、次男であるフィドト、さらにその長男オブリードへと辺境伯位は受け継がれたが、王への忠誠に関しては果たしてどうであったであろうか。
 王の心配を助長する出来事が、すでに二代目のフィドトの時代に起きた。
 本来、王家とエデルカイト家の婚姻は、第二代辺境伯との間に計画されたものであった。
 カルゾスには息子が二人おり、後継者である長男に王の妹が嫁ぐ約束が、両家の間ですでに取り交わされていた。しかし戦の中で長男は倒れ、弟のフィドトがエデルカイト家と辺境伯領の後継者となった。
 このときすでにフィドトは妻帯しており、婚姻計画は一時座礁する。
 しかしその妻は、東方諸部族の内の一つ、エレミ族の娘であった。交戦中の敵であり“蛮族”と蔑称された東方諸部族の娘を、立場ある人間が妻に娶るなど当時では考えられないことで、エデルカイト家は強い非難を受けた。エレミ族の居住地の幾分かを制圧した功績を盾に、エデルカイト家はこれをはねのけたが、蛮族と王国民の婚姻は法的に認可されたものではなかったために、改めて正妻として王妹を迎える意見があがった。しかし、フィドト自身が頑なにこれを拒否し、婚姻交渉は決裂に終わった。
 さらに息子のオブリードは、母がエレミ族の長の娘であることを根拠に、同部族が居住する地域の相続権を主張した。一方で、それまで敵対してきた他の部族への融和政策を進めた。
 当初は盤石と思われた王家とエデルカイト家の結束が揺らぐことを危惧したジョルムント王は、ふたたびエデルカイト家への王族の降嫁を計画する。エデルカイト家としても王家からの離反は本意ではなく、エルメイア王女とオブリード辺境伯の婚姻は二代に渡る両家の悲願ともいえた。