少し昔の、おねーさんと少年の話。約14,300字
F L O W E R
トニエールは、ホーゼンウルズ辺境伯領の片隅に位置する子爵領である。この土地が、ホーゼンウルズのそう古くない歴史の中でとりわけ重要な意味を持つのは、ほかでもない辺境伯自身がトニエールの子爵位を兼任するためである。
昔、エデルカイト家が東方における戦果の報いとして最初に与えられた領地がこのトニエールであった。その後エデルカイト家はより広大な領土を得てホーゼンウルズ辺境伯の位を手にするが、依然としてトニエールは彼らにとって記念すべき地であり続けた。現在の辺境伯オブリードの父である、先代のフィドトが辺境伯位を継ぐ前に、戦死した兄に代わって父から与えられたのもこのトニエールであり、彼もまた成人した長男オブリードにまずこの地を治めさせた。それは代々の辺境伯が、自身の後継者に辺境伯家の興りをたどらせようという思惑あってのことだった。
そうはいっても、トニエール自体はぱっとしない片田舎である。トニエールが都としての体裁を整えるより早く、ホーゼンウルズの主都がより東方のベルスートに移ったからだ。都市の繁栄からは取り残され、どこへ行っても同じような森と畑が広がっている。昔は豊かな実りがあったが、ここ数年は不作が報じられている。しかも領地の半分を占めるオルケー森には狼が出て頻繁に人を襲うというから、人の行き来もまばらになった。
どうしようもない閉塞感と孤独感がトニエール全体を覆っていたが、それでもあるところには金があるようで、田園を風光明媚と感じる富裕者が田舎にいくつか別荘を建てている。
その内の一つが、中心部にほど近い、小さな村から少し行った所にあった。王侯貴族の城館とは比べものにならないが、白く瀟洒な石造りの建物を色彩豊かな庭園が取り囲み、さらに周囲を高い鉄の柵が覆う、庶民にはとうてい手の出ないような豪邸だ。
屋敷には、女が一人で住んでいた。主人はいない。近くの村から数人、世話の者が雇われているので出入りはあったが、仕事が終われば帰って行くので、やはり女は一人だった。
そこに突然の来訪者があったのは、ある雨の夜だった。
おりからの土砂降りですこぶる濡れた、一人の少年が屋敷の門を叩く。女が窓から問うと、道に迷う内に日が暮れてしまったのだという。彼は、夜が明けるまで一晩、軒先だけでも貸してほしいと、丁寧な口調で彼女に頼んだ。
立派な馬を連れていたし、身なりの良さと立ち振る舞いから相手の身分を信用すると、女は彼を中に入れてやった。
「大変な目に遭われましたのね」
春とはいえ、夜になると冷え込む。暖炉に薪をくべながら、女は少年を労った。
ヤスリン、と彼女が名乗ると、彼ははにかんで、ティンバットと名乗った。
靴と外套は暖炉近くに干したが、案の定、上衣から下衣に至るまで濡れている。そのままソファに座るのはためらわれるようで、彼は所在なさげに部屋の中央に立っていた。
「どうぞ、おかけになって」
敷布を何枚か重ねてやると、ようやく彼はその上に腰を下ろした。隣にヤスリンも腰掛ける。
「小間使いがいればもっとおもてなしができたのですけれど、あいにくとわたくし一人で」
彼女は非礼をわびると、すぐにティンバットの疑問を予期して続けた。
「一人で住むには、広いお屋敷でしょう。ここはジュリアン様の別邸で、わたくしが留守を預かっておりますの」
オブリード子爵が辺境伯位を継いで以降、長らく領主不在のトニエールで、彼に代わって王のように君臨する役人の長である。トニエールの領民ならこの強権的な支配者を知らない者はいないが、ティンバットはわかったようなわからないような、あいまいな笑みを浮かべた。旅行者かもしれない、とヤスリンは当たりをつける。
その方が、都合がいい。
「こんなに濡れて。寒くはございません?」
と、少年の冷たい肩口に触れる。
彼は一瞬驚いたようにヤスリンを見たが、彼女がまったく気負った風でないのを見ると、頬を染めて前を向いた。その横顔を、ヤスリンはじっくりと眺めた。年は14くらいだろうか。成人したてのようで、格好こそ大人のそれだが、まだ子供の顔をしている。しかし、滅多にないような美貌である。軽く引き結ばれた唇は赤く、バラ色の頬と併せて中性的な印象を与えた。肩の上で切りそろえられた髪は漆黒で、濡れていっそうつややかさを増し、暖炉の炎にゆらめいている。伏せられた長い睫毛の下には、深い緑の瞳が揺れていた。
「このままでは芯まで冷えますわ。脱いでしまわれてはいかが?」
ヤスリンが耳元でささやくと、一瞬少年は身じろぎしたが、かたくなに前を向いたまま黙っていた。
ヤスリンは女にしては長身で、少年よりも上背がある。長く伸びた髪は亜麻色、切れ長の瞳は藤色をしていた。やや薄い唇に浮かべる笑みは柔和だが、妖艶だ。ゆったりとした寝間着のひだが、体の曲線を、それとなく、それでいてあからさまにするよりもなお扇情的に、表している。大きく開いた襟ぐりからは、白く豊満な乳房が今にもこぼれ落ちそうだった。
主人のいない屋敷に、若く美しい女が一人。しかもそこは別邸だというから、どんなうぶでも女が何者か想像がつくだろう。
ヤスリンは、ジュリアンの妾だった。
主人不在の間に、すでに何度も若い男を邸内に引き込んだ経験がある。彼らは好奇心を抱いてやってきた村の少年だったり、通りすがりの旅人だったりした。どれもそれなりに楽しめたが、ティンバットほどの上物はこれまでなかったし、これから先も滅多にないだろう。
「わたくしが、脱がしてさしあげましょう」
そうささやきながら、少年の体をソファの上に押し倒す。抵抗はなかった。
「可愛い子」
ティンバットを見下ろして、ヤスリンは笑う。彼は頬を赤くしながらも、どこかおびえたようにヤスリンを見上げていた。やはりまだ子供だ。体も成熟しきっていない。濡れて張り付いた服の下で、しなやかな四肢がうごめいている。
ヤスリンの中で欲望がむくむくと大きくなった。みずみずしく無垢な肉体を自分のものにしてやろうという欲望だ。
そして怒張した“それ”を、ヤスリンは服の下から露わにした。
ティンバットが目を見開く。
待ち望んだ第一の瞬間に、ヤスリンは身をよじった。愉悦が体の芯を貫く。
ヤスリンはその体に、男と女、両方の性を持ち合わせていた。
妙齢の美女に襲われるのならば、どんな男もまんざらでもないだろう。未経験の少年たちは期待に、胸と下半身を膨らませる。しかしヤスリンによって奪われるのは、思いもよらない場所の純潔だ。
いつも、少年たちの驚愕と、恐怖に満ちた視線がまずヤスリンの嗜虐心を満たす。それから少年たちを押さえつけて、犯し、肉欲を満足させた。男の力を兼ね備えたヤスリンの体は細身であっても、いともたやすく震える少年たちの体を制圧してしまえるのだ。おまけにヤスリンのそれは、並大抵の男よりたくましかった。特に、縮み上がった少年たちのものとは比較にならない。いきり立てば、見る者に敗北と絶望を与えるには十分だ。
自分の上にまたがって勝ち誇るヤスリンの顔と、その体を、ティンバットは信じられないという顔で見比べた。大きな目をしばたたかせる。
そして、ゆっくりと唇を開くと、
「ははは」
声を上げて、笑った。
「?」
彼の反応をヤスリンがいぶかしむより早く、彼は片肘をついて体を起こすと――
手を伸ばし、“それ”の根元をむんずと掴んだ。
「いっ―――」
ヤスリンは反射的に腰を浮かせて身を引こうとしたが、手の力は容赦がなかった。ぎりぎりと痛いくらいに締め付けてきて、腰が宙に浮いたままで前にも後ろにも動けなくなる。
その内にティンバットは猫のように素早く、ヤスリンの体の下に潜り込んだ。
「本物か? すごい。すごい」
間近でそれを眺めて、はしゃいだ声を上げる。吐息が敏感な部分に触れて、窮地にもかかわらずヤスリンの“男”は反応した。
「は、はなしなさい」
彼女がつとめて高圧的な声を出すと、彼は気づいて顔を上げた。
「前から不思議なのだがね」
そしてにやりと笑うと、わざと勿体つけるような、尊大な口をきく。
「どうしてお前たちは、これを武器のように扱いたがるんだ? 私にはむしろ、弱点のように思えるがね」
その口元から、長い牙が覗いた。
「ひ」
ヤスリンは息をのんだ。
どうして今まで気づかなかったのかというくらい、鋭く、凶暴な牙だ。獣のように喰いつけば、皮でも肉でも裂いてしまえるような。
「誰だって、一咬みで大人しくなる」
背筋が凍り付くような言葉をささやきながら、ティンバットはヤスリンのそれに口づけた。そして、痛みを予期して今にも萎えそうなそれを、赤い舌で、なぞった。
「――――」
ぞくぞくと快感が抜けて、ヤスリンは背筋をそらした。
「あ、あっ」
そのまま、ティンバットは何度もそれに口づけ、舌でなめた。時折触れる固いものは、牙の側面だろう。柔らかく熱い舌や唇の合間に、予期せぬ硬質な快感がヤスリンを襲う。いつの間にか、根元を掴んでいた手はゆるんで、代わりにそれを柔らかくさすりあげていた。
「あ――あっ、あ、あんっ」
しばらくティンバットは好きなようにヤスリンを責め立てて、先端から透明なしずくがにじみ始めたあたりでやめた。ヤスリンの下半身から身を引いて、手を離す。
ようやく解放はされたが、ここまでいきり立った状態ではうかつに身動きができない。ヤスリンを見上げて、そら見ろと言わんばかりに笑うティンバットを、彼女はせめてもの矜恃でにらみつけた。しかし利いた風もない。ティンバットは完全に彼のペースで、さて、と上半身を再びソファに横たえた。
「お前が種明かしをしたのだから、私もそうしよう」
と、手を動かすと、ヤスリンの見ている前で、下着もろとも下衣をずり下げた。
現れたものに、今度は、ヤスリンが目を見張った。いや、正確には、現れなかったものに、だ。
「――――っ」
思わず、ヤスリンは両手で、ティンバットの胸をわしづかみにした。そうやって初めてわかる程度だが、確かに、柔らかな膨らみが隠れていた。
さすがにティンバットもヤスリンの突飛な行動に、フリではなく本気で面食らったようだったが、やがてくすぐったそうに身をよじった。
呆然として、ヤスリンは言った。
「驚いたわ」
くすくすと少年は――いや、少女は、ヤスリンの下で笑った。
「それはよかった。お前ほど気の利いた隠し球ではないがね」
「それは――そうでしょうよ、隠すものがないもの」
「そういうことだ」
ヤスリンの切り返しがおかしかったのか、ティンバットはなおも笑いながら身をくねらせた。やはり猫のように柔らかくよく動いて、その拍子に、服の隙間からすらりとした太ももや、縦に筋の通った下腹部が覗く。
男のものではないはずのその体は、しかしやはり同じように、あるいは別種の色香を持って、ヤスリンに欲情を思い出させた。男としての側面が、少女の体を穿ちたいと欲する。
熱を帯びた視線に気づいて、ティンバットは横柄に首をそらした。
「どうした、お前が脱がしてくれるんだろう?」
「――呆れた」
口ではそう言いながら、ヤスリンは少女の服に手をかける。
「いつもそうやって猫をかぶって、誰彼かまわず懐に入り込むの?」
ヤスリンの体を知ってこの屋敷にやってきたというわけではないらしい。本性を隠したヤスリンの誘惑にも抵抗する様子はなかったから、屋敷の住人が女だろうが男だろうが、関係するつもりで訪れたのだろうか。
「お前こそ。こんな田舎に大きな家が建っていると思ったら、女郎蜘蛛の巣だ」
「可愛い蜻蛉でもかかったと思ったら、虫は虫でも、蝎か蛇か毒蛙だったわね。相手にゲテ食い趣味がなかったらどうするの」
「どんなものでも、食ってみたら意外と食えるものだ。お前はそうでもないらしいが、私はその気にさせるのが好きなんだ」
言葉を重ねる内に、お互いすっかり裸になると、少女はヤスリンの首に腕を回した。ヤスリンも少女の腰に腕を回し、抱きしめ合う。お互いの体の間で、“それ”がぴくりと跳ねて、ヤスリンは喉を鳴らした。
はやるヤスリンをなだめるように、ティンバットは唇を重ねてきた。さっきまで自分の下半身に触れていた部分だと思うとヤスリンには抵抗感があったが、相手はかまわず、ヤスリンの中に押し入る。その情熱に観念すると、おそるおそる、牙に触れないように、ヤスリンも舌を入れた。やがてコツを掴むと、うまく舌を絡ませあう。
何度も吐息を漏らしながら、十分堪能した後に顔を離すと、意を決して、ヤスリンは言った。
「白状するとね、初めてなのよ、女の子を相手にするのは。粗相をしないといいのだけれど」
「さあ、どうだか。お前たちの勝手なぞ私は知らないがね」
お互いの下半身を見下ろしながらティンバットも首をかしげたが、不意に思いついたように顔を上げる。
「お前の主人はどうやって楽しんでいたんだ?」
唐突な問いだったが、ヤスリンは意地悪く笑って答えた。少しくらいはこの少女をやり込めて、胸をすかしたい。
「あの方はね、四つん這いになって、後ろからわたしに突かれるのが好きなのよ。しかも、何度も激しく突いてやると、今度は叩くように言ってくるのよ」
壮年も過ぎようかという、腹の出た醜男を想像すると大変な悪趣味だが、ティンバットは面白そうに笑った。
「なかなかいい趣味だ」
ヤスリンを絶句させてから、
「だが、同じことをやるのも芸がないな」
と気ままに自分の提案を切り上げる。じゃあ何のために聞いたのかとヤスリンが釈然としない内に、彼女は片手で、自身の膝を持ち上げた。
「まあやってみるといい。私の知る限りでは、そう違わないよ」
茂みの向こうに、秘裂が覗く。
ヤスリンは食い入るように、ティンバットの下半身を見つめた。また“それ”が跳ねる。少女のそこは、赤く、すでにぬらめいていた、足を持ち上げたせいで、わずかに隙間が開く。そして物言わんばかりに、ひくりと動いた。ヤスリンの“それ”が、押さえようもなく、強くうずく。見れば、ティンバットも頬を上気させていた。
ヤスリンは彼女の表情に同意を見ると、ものも言わず、そこに自身をあてがった。唇をなめながら、押し入れる。
「ん――」
急に、少女の口からしおらしい声が上がった。
「あ、あ――」
ヤスリンの太く大きなそれが徐々に埋まるにつれて、ティンバットの顔が変化した。眉根を寄せて、目を細める。その目はみるみるうちに潤んでいく。開いた口から、切なげな吐息が漏れた。
ぞくぞくと、その様がヤスリンの脳裏をざわつかせた。
何という顔をするのだろう。
当初見せていた初々しい仮面とも、後で明らかにしたふてぶてしい本性とも違う。この恍惚とした顔を自分がさせているのだと思うと、えもいわれぬ充足が心を埋めるが、同時に、もっと乱れさせてやりたいという渇望が穴を開ける。
おまけに、少女の中は、熱くうごめいて、ヤスリンを奥まで誘う。
最初こそ探るように格別遅く進んだが、中程まで進むと、ついにヤスリンは残りを、激しく少女の中に打ち付けた。
「あっ」
高い声を上げて、ティンバットが体を硬直させる。挿れただけだというのに、その肌は薄く震えていた。
「あ、ん――」
あげていた片足は、つま先までピンと伸びる。
先ほどまでの不遜な態度はどこへやらだが、ヤスリンもそれを笑う余裕はなかった。少女の中が、同じようにびくびくと震えて、ヤスリンをくわえ込んでいるからだ。
少し動かして滑りを確かめると、ヤスリンは自身を一気に引き抜いた。そしてまた突き入れる。
「あぁ―――っ」
激しさにまたティンバットは体を震わせたが、今度は、ひたる間も与えず、ヤスリンは動き続けた。粘液が音をたてて絡みつき、さらに滑りをよくする。
やがて調子を掴むと、ヤスリンはいいように動き始めた。浅く出入りを繰り返したかと思うと、じれたあたりで深く突き込む。それを少女の体は明らかに、むしゃぶりついて深く味わいたがるのだが、彼女が満足するより早く、また腰を引く。
「あ、や――あ――」
ティンバットの唇が無意味にわなないて、懇願が形にならないのが面白い。
角度を変えて、少女の敏感な部分を探り当てると、そこに執拗に、自分の隆起をこすりつけた。さっき彼女が、歯を押し当てて脅したあたりだ。それがいまや、自在に彼女の体を跳ね上げさせている。
「は、あ。あっ。あ」
そら見なさい、と勝ち誇った気分で、ヤスリンは何度もティンバットを鳴かせた。
――やっぱりこれは、あなたを責める武器じゃない。
「あ、っん、ぁ、あん、あんっ」
何度やっても、少女の体が自分を奥へと誘うのが、かつてない悦びだった。必死で異物を排除しようとする男の動きとはまた違う。ヤスリンを拒絶することなく、受け入れるのだ。
向かい合わせる体勢もいい。ティンバットはヤスリンを見つめて、惜しげもなく熱に浮いた顔をさらしている。ヤスリンが動くたびに、いや動かなくても、その顔が快感にゆがむ。額には、大粒の汗が浮かんでいる。小ぶりの乳房を掴んで、先端をつまんでやるといっそう体をねじらせる。
「あ――――」
不意に、ひときわ強く締め付けられて、ヤスリンも思わず動きを止めた。少女の中が、びくびくと脈打つ。予期して、ヤスリンは彼女の肉が望むように、勢いよく奥を突いてやった。これは効いたようで、ティンバットは目を見開いて、全身を硬直させる。
「あ、あ、あ――――っ」
ヤスリンの目の前で、少女は絶頂した。
中は激しく収縮してヤスリンを責め立てるが、彼女は腰に力を入れて、これに耐えた。かといって退くことはなく、余裕を見せつけるように、存分に味合わせてやる。
「あ、あ……っ」
大きく開いた口から、舌が物欲しげに空をなめる。
「は……あっ……」
その絶頂は長く続いた。何しろいくら促しても、少女の中の塊は萎えることなく、逆に彼女に熱い波のような快感を返すからだ。
余韻に浸されて、洗い流すことができないようで、少女は荒い息をした。どうしようもない愛おしさと嗜虐心を感じて、ヤスリンは今にも泣きそうな瞳をのぞき込んだ。
「可愛いわね。先にイッちゃったの?」
「ん――」
答えずに、すがるように、ティンバットは両腕をヤスリンの背中に回した。たわわな乳房に、赤ん坊のように吸い付く。甘やかな快感に、ヤスリンは声を上げて笑った。
「初めてでしょう、こういうの」
男に抱かれながら、女を抱くというのは。
「……そうだな。両方本物なのは、初めてだ」
どこか上の空で、それでも一歩も引かない少女に、ヤスリンは苦笑した。少女の年でその放蕩ぶりは、大したものだ。末恐ろしい、と認めて、せめての老婆心で、忠告した。
「あなたね、いろいろと知らないふりをした方が、もっと可愛らしくてよ」
「そうか。じゃあ次は、そうしよう」
次とは、いつのことだろう。漠然とした好機の話か、近々、ティンバットにはまた誰かの懐に潜り込む計画があるのだろうか。
それとも――と、ヤスリンは頭の片隅で考えたが、儚い希望が形になる前に、思考を打ち消した。
ティンバットの手をふりほどくように身を引くと、再び動き始める。
「あっ」
充足が去って行く感覚に、ティンバットが声を上げた。すぐにまたそれを埋めてやる。
「ひぁ――」
今度はもう、自分も果てるつもりで、ヤスリンはがむしゃらに腰を動かした。
「あっ、あ。は、あ――」
「ん――――」
そうと決めれば、自分で思ったほどの余地はなくて、すぐにヤスリンも息を荒くした。すでに怒張しきっていて、いつ果ててもおかしくない。
少女の内の肉は絶えずヤスリンを欲してねばりつくし、彼女の嬌声も、表情も、ますますもってヤスリンを煽った。全身でヤスリンを求めて、すがりつく。
「あ――っ。あ――っ!」
もう理性のたがが外れたのか、ヤスリンが動くたびに、軽く絶頂しているようでもあった。休む暇もなく、短い悲鳴をあげ続ける。同時に彼女の中が動くので、ヤスリン自身も絶え間なく刺激される。
しかし絶頂を前に、ヤスリンは歯を食いしばった。
待ち望んだ瞬間を近くにしながら、いつもの葛藤がヤスリンの心を襲う。どうせ最後には肉欲が勝つ、無駄な感傷だ。腰を動かし続ければ、まもなく快楽の波に洗い流される。何も考えずに身も心も任せてしまえばいい。
しかしどす黒い不安の手に、背中から、ヤスリンの心は絡め取られた。
自分が果ててしまえば、この逢瀬は終わる。今、お互いを深くまで貪り合っている少女もそうだろう。その身を貫く杭がなければ、相手はそそくさと逃げていく。
そしてまたヤスリンは一人になる。人里離れた屋敷で無為に、いつ来るともわからぬ主人を待つ身となるのだ。かといって、この不虞の身で外に出てまっとうな暮らしができるはずがない。帰る里があるわけでもない。贅沢な暮らしも主人の気まぐれな寵愛も、過分とわきまえるのが道理なのだろう。
檻に囲われた閉塞感と、取り残された孤独感が、すぐ背後でヤスリンを待っている。
数瞬のことであっても、それを先延ばしにしたかった。
「――――」
ティンバットの声が止まる。
は、とヤスリンが気づけば、ゆるんだ責め苦をいぶかしんだのか、わずかに正気を取り戻した瞳がヤスリンを見上げていた。
それでも熱に浮かされた様子で、ティンバットは両手をヤスリンに向かって伸ばした。上気した頬で、笑う。
「おいで」
「――――」
まいったわね、とヤスリンは思った。どうあがいても、相手の手の内だ。
解き放たれたように、ヤスリンはティンバットの上にしなだれた。
腕を絡ませて、深く口づけた後、お互いの肩に顔を埋める。吐息と心臓の音が、思考の隙間さえ埋めるようだ。ティンバットの脚がヤスリンの腰をとらえて、彼女自身の体に縫い止めた。喜びがヤスリンの体と心を引きずり込む。
幸福に堕ちるような感覚を覚えながら、ヤスリンは熱いほとばしりを、少女の一番奥に解き放った。