<前のイラストへ  ホーム  次の小話へ>



前から後ろから、右から左から、
時に代わる代わる、時に一度に触れられる様は、
まるで猛禽についばまれる野ざらしの死体になったようで――
あるいは晩餐会の食卓に供された大皿の主菜になったかのようで――
お嬢様は、二人との戯れをことのほかお好みでした。




「お嬢様、あの…お呼びで――ご、ごめんなさい! 失礼しました!!」
 寝台を覗くや否や、ルディはそう叫んで部屋を飛び出しました。シーツの上で、裸の主人と従者二人が身を寄せ抱き合う姿を目の当たりにし、他でもないその主人に呼ばれたはずだということも忘れて。
「やれやれ」
 当のお嬢様は侍女見習いの失態に、しかし気分を害した風はなく、おかしそうにくすくすと笑いました。
「ルディーくんどうかしたの?」
「行っちゃった」
 不思議そうに、足音が消えていく方向を目で追うチュニパとチーピィの頭をなでながら、囁きます。
「気にするな。あれが臆病なだけだ」
 その優しい声に、二人は先程の行為の余韻を思い出して、うっとりと耳を傾けました。汗ばんだ肌をぴったりとつけてくる二人にお嬢様は続けます。
「追いかけて、ここに連れ戻して来い」
 ただし、とお嬢様はすぐに付け加えました。
「傷つけてはいけない。優しくしてやれ」
 お嬢様の言いつけです。二人は一言、はい、と口を揃えて答えました。


 お嬢様の部屋を出て、使用人の控え室も過ぎ、長い廊下の向こう、はたと行く当てがないことに気づいて、ルディは立ち止まりました。早鐘を打つ胸をおさえて、息を吸います。頭はまだ混乱していました。ルディは今日の夜番で、隣室に控えていたのです。呼ばれて、部屋に行ってみると、自分もよく知る二人が主人の体に絡みついていました。三人とも一糸まとわぬ姿でしたし、乱れたシーツや痕跡から、そこで何がなされていたかは明白でした。つまり、その――
 顔を真っ赤にして頭を振り、ルディは慌てて自分の想像を頭から追い出そうとします。まさかあんなことになっているなんて知りませんでした。呼ばれたことすら勘違いだったような気もしてきますが、しかし確かに呼び鈴の音を聞いたのです。
 どうにも心もとなくて、ルディは不安気に後ろを振り返りました。すると廊下の向こうに人影が見えます。それが見る間に大きくなるのは、相手が走っているからだと気づいた瞬間、ルディはその場から逃げ出しました。
 件の二人だということはすぐに分かりました。しかし、いつもそうする様に手を振るでもなく、声をかけるでもなく、ただ静かにこちらへ走ってくる様子に、ルディは尋常でない雰囲気を感じ取ったのです。
 彼らはただの従者ではありません。ただの子供でもありません。
 その気になれば平気で人を手にかけ、あまつさえその死体を、人が想像しうる中で最も狂気めいた方法で処理するのです。と言うよりもむしろ彼らにとって――
 足が動く限りルディは必死で走りましたが、程なく並んだ足音がすぐ後ろに迫ります。
 その片方が一度、ダンッと大きな音をたてました。次の瞬間、視界の上部を通り過ぎる影に顔をあげると、逆さまになった少女の顔と目が合いました。その顔は確かに少女の形をしています。しかし見開かれた目は、人間らしい怒気も気負いも悦びも持たず、ただ底知れぬ空虚をたたえてルディを見つめていました。
 空中で身体をひねらせて、こちらを向いたまま着地した少女に行く手を阻まれ、やむなくルディが立ち止まって後ろを向くと、そこにあったのはもう一人の少年の顔です。見知った顔のはずなのに、半眼のそれはやはり異形を思わせました。憐憫や同情など望むべくもない、無機質で冷徹な目をしているのです。
 彼らにとって、殺人は過程でしかなく、何ら意味のない行為なのだと、まざまざとルディは思い知りました。脳裏をよぎるのは、以前二人の家で見た首のない逆さづりの死体です。血抜きだと二人は言っていました。彼らの真の目的である、殺人のその先、自分もその残虐をこうむるのだと、二人の間でルディは身をすくませました。

 少しのためらいもなく、勢いを止めることなくのびた腕がルディに触れるその直前、二人の顔があっさりと、影ひとつ残さず緩みます。
「ルディーくん、捕まえたー!」
「掴まえた!」
 前と後ろから全く同時に与えられた衝撃がルディの体内でぶつかり、身体の芯を揺さぶりました。肺から空気を漏らしながらも倒れずにすんだのは、そのまま二人がルディを抱きとめているからです。何とか頭の中の揺れが治まると、恐怖とは別の感覚にルディの全身が粟立ちました。
「は、放して!」
 そう身震いしますが、二人の温かい腕は緩む様子はありません。二人はただ楽しげに、キャッキャッと笑い声をあげました。ルディはますます困惑して、何とか抜け出せないかと考えます。と言うのも、さすがに二人とも全裸ではありませんでしたが、それでも薄いヒラヒラとした下着を身につけているだけなのです。
「二人ともっ、もう逃げないから! だから、放してぇっ!」
 前から後ろから、胸や股間のふくらみを押し当てられて、大層いたたまれなくなったルディは、降参の声をあげました。


「おかえり」
 帰還した三人を迎えたとき、お嬢様は寝台の縁に腰かけていました。両脇からルディを掴んだまま、チュニパとチーピィはその前まで行って、胸を張ります。
「ひめさま、ルディーくんです!」
「つかまえました! 無事です! 元気です!」
「よしよし。よくやった」
 その頭を撫でて二人をねぎらった後に、お嬢様はルディに目を向けました。微笑みながら、何でもなさそうに話しかけます。
「喉が乾いた。何でもいい、温かい飲み物を」
 幸いにもおとがめはないようで、ルディはほっと息をつきました。
「はい、すぐ持ってきます。…あの、あと、お着替えは……」
 一度お嬢様の身体に視線を落とし、すぐにそれを右往左往させます。お嬢様は肌寒いのか、脱いだシャツを羽織っていましたが、身に着けているのはそれだけです。汗もかいているでしょうし、まだ行為の跡も残っていました。着替えの前に、身体を拭くか、入浴の準備をしなければいけません。しかしお嬢様は首を振りました。
「いい。この二人ができる」
 その言葉に元気よく答えると、チュニパとチーピィはルディの側を離れると、お嬢様の両側に座りました。そのままお嬢様と腕を組んだり、腰に手を回したりします。その自然さに何か苦いものを感じ、ルディは背を向けました。香茶を淹れなければいけません。それにどうしてか、この場を今すぐにでも、離れたくなったのです。
「ひめさまお茶が飲みたいの?」
「それぐらい僕らもできるのに」
「そうだろう。だがルディはもっと上手だ」
 乾いた唇が自分をほめるのを背中に聞きましたが、胸に生まれたのはいつものような淡くあたたかい気持ちではなく、苦しい、締め付けるような感覚でした。それを振り払うように、ルディは勢い良く、廊下へと続く扉を開けました。

→後日談
→原寸Ver.

<前のイラストへ  ホーム  次のイラストへ>